展示・イベント

「一間」片岡愛貴 銅版画作品展

概要
作家・主催者 片岡 愛貴
期間 2022年9月10日 (土) ~9月19(月)
時間 9:00~18:00(最終日は16時迄)
備考 ■銅版画
■片岡 愛貴
■プロフィール
1992 福井県に生まれる。
2016 京都嵯峨芸術大学芸術学部造形学科版画分野 卒業
現在 京都精華大学ビジュアルデザイン学科 助手

■主なグループ展
2018 西風のグラフィックス3 / ギャラリーマロニエ(京都)
2019 西風のグラフィックス3 / ギャラリー織絵(東京)
2019 いつもと違う版画女子/ ギャラリーマロニエ(京都)
2019 Woolwich Contemporary Print Fair 2019 / (ロンドン)
2021 Woolwich Contemporary Print Fair 2021 / (ロンドン)

■受賞歴
2016 京都嵯峨芸術大学2015年度卒業・修了制作展 / 京都市美術館  教育後援会奨励賞 卒業生特別賞
2017 第10回高知国際版画トリエンナーレ展 / いの町紙の博物館(高知) 佳作賞
2018 第7回山本鼎版画大賞展 / 上田市立美術館(長野) 優秀賞
2019 第18回南島原市セミナリヨ現代版画展 / ありえコレジヨホール(長崎)  西日本新聞長崎総局賞

レポート

繊細な描写でまるで絵画のような版画作品を手掛けるのは片岡愛貴さん。
ガラスコップや瓶をモチーフにし、その透明感を表現する為に数ある版画技法の中からマッチしたのが、銅版画の一つ「アクアチント」という技法でした。

子供の頃から光を受けてキラキラ光るガラスが好きだった片岡さん。
そのガラスの魅力をある取材ではこう答えていらっしゃいます。
「透過性という奥行きと光学的性質という現象がビンやコップの形に反映することで、複雑な世界が現れる。しかもその世界は少しでも環境が変われば表情を変えてしまう。
その捉えどころのない空間に魅力を感じている。」

片岡さんは絵を書く事もお好きで、京都嵯峨芸術大学に進学された際には日本画を専攻されました。
日本画が向いていると思って入ったものの、下地作りの手順で感じるまどろっこしさが性格と何か合わない事や、
大好きなガラスを岩絵の具で書いた時に、表現したい透明感が出ない違和感など、日本画は好きだけど自分には向いてないかもしれない…。と過ごした2年間でした。
もしかすると版画だと、自分が表現したい技法が見つかるかもしれないと、思い切って3年生からは版画に転科されます。
ガラスが好きで表現に悩み、拘るのならいっそのこと、ガラス製品を作る選択はなかったのか尋ねると、
「ガラスが好きだから、それを作ろうとはならなかったですね。やっぱり絵を描くのが好きなのがあって、描く方向に行きましたね。絵を描く事が好きで、芸大に行ったので。」

版画コースの授業では、銅版に線を出すエッジングという技法で瓶を描いていたそうです。
“この子は瓶をずっと描いているな“ と見ていた先生が、それならこの技法が合うかもしれないと、面で濃淡をつけるアクアチントを教えて下さり、それが今の活動に繋がっています。

まずはスケッチをしたり、写真をとったりとイメージを紙に起こす。
パソコンで構図を決める作業は一番大事なところ。
それを元に線を抜き出して輪郭を作り、印刷をした後にカーボン紙を使って、ポイントとなる部分をトレースするところから始まります。
銅板の下準備では、専用のボックスの中で松脂の粉を舞い上がらせ、落ちてくる粉を銅板で受け止めて均一に散布します。
板の下から熱を当て、版面に粉を定着さす。そこから腐食液に漬けて・・・。
と、まだまだ続く工程は、是非アクアチントでお調べ頂きたいのですが、
そういった何段階もある大変な下準備の後に、金属の棒状の道具で銅板についた松脂を潰していき、潰す深さの加減で濃淡の色幅を無限に出せるそうです。

制作段階で一番神経使う所は、印刷刷りの時。
「銅板の下地作りで失敗する事もあるけれど、結局板が出来てもそれにインクをつめて拭き取ってフレスキにかけて刷るんですけど、その拭き取り作業が一番重要なんですね。
拭き取らなかったら白い所は出ないんです。
拭き取りすぎたら黒い所まで白けてしまうし、拭き取らなかったら白くならないので、綿棒とかで細かく拭き取ってるんです。だから拭き取りの作業が一番神経使いますね。
拭き取りの作業は4時間~6時間半日かかります。急いでやると失敗しますしね。
インクはすぐに乾くものではないんですけど、画面にホコリが付きやすく、ゴミが入るとインクはのらないですから」

この様な工程を経て完成された作品。
入口から順に、片岡さんの言葉を添えてご紹介させて頂きます。

■小上がり

タイトル「glasses 3」
ボトムに大胆なカットが施されたビンテージのクリスタルタンブラー。
円柱の胴体を斜めにカットすることで生まれるアーチ状の4つの面、それは三面鏡のように互いに影響しあい複雑な世界を作り出します。そこでは無数の光たちが楽しげに行き交っていました。


■見せの間

タイトル「glasses 5」
フランス製のハイボールグラス。揺らめくように立ち並ぶ光の柱。
その一本一本に複雑な模様が現れ、まるで古代の建造物のようです。


■喫茶ルーム床の間

タイトル「glasses 2」
モチーフはアンティークの薬瓶です。手吹きで作られたその有機的な表情は優しく光をまとい、内側には過去という膨大な時の流れが閉じ込められているようです。
この作品では時間と空間を意識しました。


■二階 天高の間

タイトル「glasses 4」
古い切子のロックグラス。職人の手によって施された装飾の美しさはもとより、内側に浮かび上がる世界に目を奪われます。
フェンス越しに見える向こう側を描きました。


■二階 和室

タイトル「glasses 6」
フランス製のタンブラー。濡れたように滑らかなクリスタルの質感は緩急のある光の表情に調和をもたらしています。その輝きは、まるで一つの音楽のようです。

タイトル「58(fifty-eight)」
ブリリアントカット。ダイヤモンドのために生み出された58面体。取り込まれた光は屈折を繰り返し無数の星となります。


■茶室

タイトル「神さびる」
長い間、仕舞われていた刀。錆びて曇った刀身に光が当たった瞬間、恐ろしさは美しさに変わりました。ガラス越しではなく、実物を手に取ることで表現しきることができた作品です。

 

ガラスとは違うモチーフにチャレンジされ、沢山のスケッチと、どういう角度でどういう表情が出るのか。光の当て方から考え探し出し「これやな。」という瞬間を描かれています。
ピカピカで綺麗に保管してある状態とは真逆で錆があり、傷があり、歴史というか厚みというか、恐ろしさもあり。
刀から伝わってくる力が強く、一回制作を止めようかな。と思った時期もあったそうです。キラッと波紋が光るいい瞬間、ガラスとは違う光の質感を感じ、2年がかりでやり遂げた作品です。
今回、床の間に飾って頂き、白い壁よりもグッとくる感じがあった。と仰っていました。


   

ガラスの表現に悩み、日本画から版画に転科。
アクアチントの技法に出会わなければ、もしかするとまだ模索中だったかもしれない。

「黒い画用紙に、白い鉛筆で描く様な感覚で光を描きとっていけるので、この技法は私のやりたい事にマッチした技法なんです。
今回の個展が始まって、昔の作品写真を見返す事があったんですが、木版や銅板のエッジング、ペインティングなど結構色んな技法でガラスを版画でやっていたんです。
今の技法が合っているんだな。と再確認しました。

ストレスはめちゃくちゃ溜まりますよ。
最初の段階、ガラスを手に取ってどうしてやろうかな?と構想を考える時が一番楽しいですね。
元々、絵を描くのが好きだけど、観察して描画するのも大事な作業なので、作品に取り掛かるデッサンの時点で作業なんです。やりだすと修行みたいな感覚です」

珈琲がお好きで、息が詰まった時には喫茶店に行く事と、編み物をする時が息抜きになる片岡さん。
制作中、喫茶店に何度も息抜きに行ったと思われる、刀の作品「神さびる」を、年内イギリスのプリントフェアに出展されます。
今後はガラス以外にも、アクセサリーや宝石シリーズ、シルバーの光り方も面白いと、手掛けたいモチーフはあるそうなので、お披露目が楽しみですね。

 

作品紹介の提供写真 / 山口真一写真事務所