展示・イベント

「心の窓 ~やさしい時間~」女流日本画家3人展 ―菊池貴子、武田裕子、森萌衣―

概要
作家・主催者 ■日本画
菊池貴子、武田裕子、森萌衣
期間 2023年3月12日(日)~3月26日(日)
時間 9:00~18:00

レポート

桜の季節。京都が優しい色彩に包まれます。
日々の生活にも、見ているだけで心が晴れやかになる、軽やかで優しいアート作品で彩ってほしい……そんな願いを込めて、3人の女性日本画家が展示をして下さいました。

●森 萌衣
2019年 seed山種美術館日本画アワード
2019年 奨励賞受賞。
2020年 京都市立芸術大学大学院日本画専攻卒業。
2020年 京都日本画新展
2020年 奨励賞・京都商工会議所会頭賞受賞。個展やアートフェアなど展示多数。
現在、京都市立芸術大学総合基礎実技非常勤講師

森萌衣/タイトル「ひとりじめ」
コメント/子供の頃に執着していた小物を、その当時の濃い記憶を辿りながら描きました

森萌衣/タイトル「ひみつの祭り」
コメント/理想のお祭りを考えてみました。お祭りから帰る時の静かな道が好きです。

森萌衣/タイトル「ちいさなランプ」
コメント/ランプの中には甘露が入っています。これから先少しでもいい事がおきます様

森萌衣/タイトル「うたたね」
コメント/心地よい暖かさの中で、色んなことを夢見た時の気持ちを描きました

森萌衣/タイトル「果実のある机」
コメント/色んな記憶や宝物が時間と共に熟していく窓辺の様子を描きました


●武田裕子
2012年 東京藝術大学大学院博士後期課程修了(文化財)
修了作品野村美術賞受賞
2013年 ポーラ美術振興財団在外研修(中国)
2014年 中国美術学院中国画系花鳥画高級進修生修了
2016年 個展『日と月の庭』靖山画廊(東京)
2017年 ポーラ・ミュージアム・アネックス展/POLA MUSEUM ANNEX(東京)
Affordable Art Fair/ストックホルム(スウェーデン)
2018年 個展『花見ルところ』/靖山画廊(東京)
Shanghai Art Fair/上海(中国)
『当代日本画展』/IMAVISION GALLERY/台北(台湾)
2020年 個展『呼吸するけしき』/日本橋三越本店(東京)
2021年 伊藤忠商事2021年カレンダー採用
『FROM-それぞれの日本画-』/郷さくら美術館(東京)
「仁和寺・国宝のある芸術祭」に参加。
2022年 東京・青山での個展
現在  東京藝術大学非常勤講師

武田裕子/タイトル「雲中花」
コメント/日本画の和紙には産地や製法によって様々な種類があり、興味が尽きません。
この作品は出雲雲龍紙という紙に描いていますが、和紙の繊維が絡まる様子が雲や龍のように見えるようです。

武田裕子/タイトル「滴・花」
コメント/初夏の明るい光の中で咲く牡丹の花をイメージして描きました。花の輪郭が光に溶けてしまいそうな、この時期の光を表現しようと努めました。

武田裕子/タイトル「春の陽」
コメント/春の暖かな日差しをイメージして描きました。画面に金や銀の箔を貼っていますが、それらが見る角度によって、うつろう様子がとても好きです。

武田裕子/タイトル「おぼろ月夜」
コメント/月光の中で咲くクレマチスの花を描きました。

武田裕子/タイトル「花サク窓」
コメント/部屋の窓越しに眺める桃の花を描いています。まだ寒さの残る部屋の中に春の暖かな空気が流れ込んでくるような時期をイメージしています。

 

油絵や水彩画など数ある中で、武田さんが何故、日本画の道に進まれたのか?

武田さんは大学の専攻で初めて日本画に触れられ、始めた時は全く未知の世界だったそうです 。
日本画は素材の扱いが難しく、最初はなかなかコツが掴めずに苦労された様ですが、知れば知るほど日本画の画材が持つ美しさや、それらによって表現できる世界の面白さに気付かれました。
キラキラ光る宝石のような岩絵具の輝きや、金銀箔のような素材、黒一色の墨の世界など素材が原始的でありながら多様であることに魅力を感じられました。
そして、「それらを扱って表現できる絵画世界は、西洋画や他の絵画ジャンルにはない独特の空間に対する意識があり、それを追求することで独自の絵画を生み出せるのではないかという可能性を感じています。」と仰っておられます。

色彩のみならず金箔・雁金などの伝統的な画法の技術が素晴らしい武田さん。
↑写真の様に、紙の裏に金箔を貼り、それを透かしている作品について伺いました。

「花サク窓」や今回出品した他の作品にも、紙(和紙)の裏側から銀箔を貼って透かして見せる「裏箔」という技法を使っています。
これは平安時代などの古い仏画に裏から金箔が貼ってあるものがあり、技法的にはかなり古いものです。
私の作品はそれを紙に応用したものです。
裏が透けて見えるくらいのテッシュペーパーのような極薄の和紙に、さらに息をしただけで飛んでいってしまうような箔を貼っていますので、作業はかなり気を遣います。
しかしこれによって、表に金や銀を貼った時のようなピカピカ光る強い光ではなく、ほのかにじんわりひかる月のような光を表現でき、とても気に入っています。

 

これからチャレンジしたい作風、または、こうなっていきたい夢について。

2022年の冬に発表させていただいたような墨を主にした作品(↑写真)はまだ始めたばかりなので、これからもっと磨いて自分のものにしていきたいです。
日本画は世界的に見たらとてもローカルな文化ですが、現代にも翻訳できる豊かな文脈を持っていると感じています。
そこから派生した自分の表現をもっと磨くと同時に、これからは日本の国内だけでなく海外でも発表の機会が持てると良いなと思います。


●菊池貴子
2020年 東京藝術大学大学院修士課程修了

七宝焼と日本画の技法を組み合わせて、立体感と透明感のある色彩で、日本画を超えて新たな境地を歩み続ける菊池さん。得意なモチーフは、海の生物や花や果物など、生命力のあるもので、瑞々しい色彩を七宝で表現されています。最近は立体作品にも挑戦。

菊地貴子/タイトル「フルーツサンド」
コメント/瑞々しい色や質感で溢れるフルーツサンド。どんな味かワクワクさせてくれる断面が大好きです

菊地貴子/タイトル「具合わせ、さくら」(右の作品)
コメント/はまぐりの、ふっくらした形、淡い桜のピンク。小さい頃の優しい思い出です。

菊地貴子/タイトル「たらの芽」
コメント/文字通りタラノキの新芽ですが、植物の一部とは思えぬ完成された姿です

菊地貴子/タイトル「行者にんにく」
コメント/ひょっこり頭を覗かせている葉っぱが可愛いです。醤油漬けのパスタが好きなんです。

菊地貴子/タイトル「豆大福」
コメント/うっすらと透ける黒豆の色どりが実に豊かです。そして、ほのかな塩見と小まめとは違う食感。たまりません。

菊地貴子/タイトル「金柑」
コメント/柑橘の中では一番小さいですが、中にはぎゅっと魅力がつまっています

 

作品には有線七宝を用いた、日本画と立体を組み合わせる菊地さんの作品。
一階に展示された「行者にんにく」の作品を元に、色々と深掘りして伺いました。

Q:どの作品も可愛らしい印象を受けます。そういう共通したテーマで作られてるんですか?
基本的には自分が見たり食べたり触ったりして、かわいらしいなとか愛着があるものをモチーフにしているので、今回はそれがちょうどテーマに合うように展示できたかなと思います。

Q:有線七宝ってジャンルとしては焼き物ですよね。でも紙本彩色っていうのは日本画になるんですか?そして、作品の奥は布ですか?
はい。有線七宝っていうのが七宝焼きで、紙本彩色っていうのは紙に彩色する技法です。
土台は紙なんですけど、マチエールとして麻布を貼ってその上から絵具を乗せています。自分の作品には異質なモノとしてガラス質がキラッと入ってくるので、それにこの絵のバランスが取れるよう自分でトータルでやっています。

Q:麻布を!いい意味で日本画らしくない面白さがありますね。
もともと日本画をずっとやってて、日本画の絵具のマットな質感が好きでもあるんですけど、例えば果物を描いた時のみずみずしさって何かもっと出来ないかなって思っていて。
それで七宝焼きと偶然出会った時に、色もなんでも使えるしガラスの粉で絵を描く様な感覚で、かつ、この有線七宝っていうのは銀線というものを使って仕切りを作っていくんですけど、この線を大切にするっていうのはすごく日本画の勉強の仕方と通じているんじゃないかなと思って、で「これだ!」となりました。
始めはモノだけを作ってたんですけど、それだけだと世界観が小さくまとまってしまうので、モチーフは七宝で作って、せっかく自分は絵画もやっているのだから、一緒にやった方がそのものたちの世界観とか、私の見ている世界観みたいなものが出るんじゃないかなと思って。それがきっかけでこういう風に組み合わせ始めました。

モノを見るとき自分が大切にしている事は、例えば川を見てても、水があって石があって砂利があって草もあって、違うものが沢山あるけど見てる景色としてはすごく自然というか。それがすっと自分の心の中に入ってくるじゃないですか。
いい景色だなとか、いい空気の香りを思い出したりとか。そういう感覚っていうのはいろんな質感があるからこそ記憶もグッと入ってくる。
絵画としても、いろんな質感があることで、これは私が食べた行者ニンニクで「すごくおいしい、なんか好き」っていう感覚を作品にしてるんですけど、鑑賞者にもそのリアルさがぐっと伝わるといいなと思って。
その実感を伴った記憶を呼び覚ます作品になればいいなと。そういう意味でも、七宝と絵画を組み合わせることで伝わることが増えるといいなと思っています。

Q:有線七宝と日本画の線書きの共通点っていうのは言われてみて、なるほどと思いました。
やっぱり金属の線なので本当は単調になってしまうんですけど、そこはこの一本の線をどう複雑に見せるか、モノらしく見せるか、というのは本当に日本画で勉強してきた事そのまんまなので気を抜けないというか。
これはピンセットで形を作って立ててるんですけど、目で確認しながら、手の感覚で、筆のような生き生きとした線が出るようにしています。

Q:世界観を作りこめるっていうのは、両方の領域をやってる強みですね。
そうですね。簡単にいうとコラージュというか。コラージュって初めは簡単なんですよ、色んないい物を合わせてるからパッと見よく見える。
でも、ずっと見てても楽しめるような奥深い作品を作る為には、やっぱり色んな組み合わせの力というのが大事だと思うんですけど、そこは絵画でやってきた構成の勉強がすごく役に立ってます。なので、どちらも学んできてすごく良かったなと思います。

Q:大学の専攻としては日本画でされてたんですか?
はい。一年生の時に素材表現実習っていう授業があって、そこで工芸科の授業も選択できたので友達に勧められて七宝焼きを選んだんですけど、その時は全然詳しくなくて。
なんか七宝焼きってお土産屋さんで売ってる、ちょっとした首飾りとかブローチとか、古典的な柄が描かれてたりとかって思ってたんですけど。でも大学で見た七宝焼きは色が淡いものから濃いものまであったりとか、絵画的な七宝を教えられてたので、こんな事が出来るんだとびっくりしました。

Q:じゃあ七宝と日本画は同時に大学で学ばれたんですか?
そうです。七宝焼きをやったのはその課題だけだったんですけど、すごく気に入ったのでその後も個人制作をしてました。
なにを気に入ったかというと、もともと自分は手先を動かすのが大好きだったんです。
先ほど日本画は線が大事っていう話をしましたが、日本画っていうのは絵具の粒子があってざらざらした絵具を扱うんですよ。まっさらの所に線を引くのは練習してるので出来るんですけど、ザラザラした所の上に綺麗な線を引くってすごく難しくてうまく引けない。
その不自由さって大変だったんですね。
なので、そのストレス発散みたいな感じで、いい息抜きみたいになってて楽しかったです。

Q:七宝が息抜きなんですね。七宝はどこか学校で窯元さんに弟子入りしてというわけではないんですね。
ではないですね。
大学では別のキャンパスだったので、授業のない学期終わりとかに通って、一年に一つ、二つ出来たらいいな。みたいな感じでやっていたので。
その生活を大学院までずっと続けていました。初めは特に七宝焼きで作家としてやっていこうとは考えてなかったんですけど、いざ大学を出る時に「あれ、こんなに長くわざわざ遠方に通ってる七宝焼き。趣味だと思ってたけど趣味の一言で出来る事じゃないな」と思って、それで改めて、じゃぁどうやったら作品として世に出したらいいのか考えた時に、そこで初めて絵と組み合わせてみようかなと。
それまでは七宝と日本画は単体でやってたんですけど、せっかくここまでやったんだから、どちらかという事じゃなくて両方やったらいいんじゃないかと思ってやってみたら、これだ!っていう感覚があって。
日本画を描いてて悩んでいた事とか、自分にしか出来ない事って何だろう?と思っていた悩みがすっと消えた気がしました。そこからどんどん絵画+七宝みたいなのをやってきました。

Q:今は、絵画単体はされてないんですか?
今はしてないですね。あくまで七宝はついてるけど絵を描いてる感覚の一部なので、もしかしたらこれから絵だけ描きたいなって思う時もあるかもしれないし。

Q:七宝って時間かかりますよね。作品の点数としては年間どのくらいのペースなんですか?
気持ち的にはあんまり絵と変わらないんです。
すごく早く出来るのもあれば、時間かかるのもあります。
果物とか野菜類、今回そういうのが多いんですけど、そういうのはやっぱり自分が美味しいと思ったらその記憶のままやりたいので、その日のうちに作り始めたり。
なので結構まちまちですね。

Q:感動をすぐ表現するのに、日本画や七宝って、タイムラグというか時間がかかると思うんですけど、それを感じさせずに、みずみずしく表現できるって凄いですね。
一番お気に入りの作品はありますか?

「貝合わせ」の作品は初めてやった技法があって(↑右の作品)
七宝の貝の中に絵が描いてある様にするのを、自然に見える様に表現するかが難しくて。
一番下の層に箔があるんですけど、2~3回色を入れていく過程で高さを積んでしまうので、手数をかけずやらないと、どんどん上の方に上がって見えてきちゃう。
上の方にあると浮いて見えてしまうので、層の下の方でどうシンプルに桜を表現するかってすごく難しかったんです。
花びらをちょっとピンクにして、かつ下地の貝の色よりも明るくっていうのは、箔の上から半透明の色をかけてるんです。
そうすると金属っぽい感じがなくなって、でもすごく光を反射して綺麗な白がポッと出るんです。
それは日本画の技法でいうと、一回箔を貼ってから上から絵具をかけて作る白と、紙の地の白って全然違うんですけど、そういう表現の違いって絵をやってたからこそ分かるんですよね。
七宝と日本画って全然違うように見えて、日本画の時にやってた技法が七宝でも活かせるので、それが独特というか、自分の七宝の特徴な気がしますね。

Q:伝統工芸的なものしか見たことがなかったので、新しい表現があるとこれからも広く受け入れられていきそうですね。
七宝の魅力がどんどん広まるといいなと思います。
やっぱり昔は七宝焼きってもっとカルチャーとして広まっていて、体験があったみたいなんですが、最近は七宝をやるとなったら暑いし窯もいるしで…。
カルチャーでやっていく人がいなくなると、どんどん退化していってしまうというか。
七宝もどんどん業界が狭くなってて材料作る人もいなくなっているんですけど、こういう側面で広げられたらいいなと思います。
昔は七宝の窯元とか工房も沢山あって、職人さんも忙しく、絵を考えるデザイナーさんみたいな人が別にいたりと分業制で、日本画の人が下絵を描いてたらしいです。
今、私が日本画も七宝もやっているから新しいみたいな感じになっているけど、そもそもセットだったものなんです。それを1人で出来るといいなと思っています。

Q:漆でも分業制がある様に、それだと表現の幅が狭まるから木地作りから自分でやる方がいますから、そういう自由度が広がりますね。七宝は、有線と無線は使い分けてるんですか?
今回の豆大福とかは線を入れてないんですけど、表現方法によって両方やってますね。
基本的には、元の銅板をいったん真っ白にしてからその上に色をつけていくんです。私の場合は白い釉薬を粉砂糖を振りかけるみたいにしてそれを焼くっていう方法です。
七宝って金属の板の上にガラスの粉が乗っている状態をいうので、金属板にそのまま釉薬を置いて柄を描いていくのが一般的なんですが、釉薬は金属板に直接乗せるのを想定してるから、材料屋さんに置いてある色見本は茶色い銅の板の上に色が乗ってるんですよ。
でも私が一番初めに習ったのが一旦白くするこのやり方だったので、やっぱり真っ白な上からやると色もすごく綺麗に出ますから、ほんと絵を描く感覚です。
銅だと赤茶っぽい色から始まるので、どうしても淡い色とかは出なくて。
まだまだ私も見つけてない色んな技法があるので、それを組み合わせてより深くやれるといいなと思ってます。

Q:作家活動を始めてどのくらいなんですか?
ちょうど3年くらいです。
今はまだ小さい作品ばかりなんですけど、もうちょっと大きい物や、小さくて飾れるお皿みたいなもの、あとは立体もやりたいと思って、まだまだ勉強中です。
以前、掛け軸を作った事もあるんですけど、掛け軸に七宝がついてたり、立体の果物で香合を作ったりして、茶室とか床の間を自分で組み合わせたりとか、いつかやれたらいいなと思ってます。
1つの作品の大きさだと、小さい空間しか埋めれないって感じですけど、掛け軸と立体があるとか、もっと広い空間が自分の作品で埋められると嬉しいなと思います。
あとはお菓子なんかも、今は自分が食べて美味しいのを作ってるんですけど、お菓子屋さんから依頼を受けたいなとか。
料理や野菜とかでもそうですけど、そういう風になっていけたら楽しいなと思います。


今回、森萌衣さんにはお会いする事が出来なかったのですが、武田さん・菊地さんには、これからチャレンジしたい事、夢があられます。
またいつか、お会いできるのを楽しみにしています。