展示・イベント

ファルマコン -新生への捧げもの-

概要
作家・主催者 入江早耶(彫刻)/ 大久保美紀(インスタレーション)/ 梶村昌世(切絵、彫刻、映像)/ 福島陽子(絵画、彫刻、映像)/ フロリアン・ガデン(絵画)/ ジェレミー・セガール(インスタレーション)/ 西脇直毅(絵画)/ 堀園実(彫刻)/ 三輪眞弘(現代音楽)/ 前田真二郎(映像)/ 佐近田展康(メディアアート)
期間 2022年5月28日(土)~6月19日(日)
時間 9:00~18:00

レポート

ファルマコンという言葉には、「薬と毒」の意味を持つ他に、「捧げもの」という意味合いもある。
世界がコロナ渦になった事で私達はメディア等から日常生活が怯える様な情報や、ウイルスの知識を沢山得てきました。
生きる為に直接会う事を避けてオンライン化が進み、少しでもコミュニニティに恐怖を与えるような行為をする人ははじき出され、助け合うのではなく、むしろ他者を監視し合ってピリピリしていく様になりました。
そういった状況から抜け出し、現状を乗り越えてより良い生き方に向かっていく。「新生への捧げもの」のサブタイトルはそこから生まれました。

■フロリアン・ガデン

土間の作品は、ブリューゲルが描いた「バベルの塔」をヒントに、バクテリアやウイルスを描いた巨⼤絵画作品「バベルの塔的細胞」
上が天に向かう姿。下が地獄に落ちていくウイルスやバクテリア、細胞が破壊されたものとなっている。
一見、良い悪いの対立の様ですが、それは私達人類にとっての良い悪いであり、人間中心的な価値観で決められている。
人間中心的な考え方から抜け出し、新しいエコロジーの視点で物事をどの様に考えたらいいのかを表しています。

二階和室の作品は、1本の大木に様々な生命が描かれています。
この作品においても新しいエコロジーをどの様に考えていくのかがテーマになっており、ただ思いついた生命を描いたのではなく、中にある関係性を描いている。
木、動物、虫や菌、そして人間もそのネットワークの中にあるはずなのだから。
フランス国立食品農業研究所所長で森の生態系に関する著者で知られる、フランシス・マルタン氏や研究者の協力を得て、どういう生き物を描く必要があるかをリストにし、描かれた作品です。


■入江早耶

2020年以降、コロナ渦になってからは疫病の終息を願い、一日一体づつ100日かけて制作された作品が、茶室に100体並びました。
薬袋の絵柄を消しゴムで消し、消しカスを用いて作られた彫刻作品には、治癒の願いが込められています。

喫茶ルームの床の間、掛け軸の作品。
掛け軸には本来、犬が描かれてあったそうです。その部分を消しゴムで消し、集めた消しカスで子犬が飛び出した作品になっています。


■大久保美紀

大久保さんはホメオパシーや代替医療に、数年にわたって関心を持っていらっしゃいます。
医学の処方で科学的に効くはずの薬が、中には効かない人もいる。
それはもしかすると精神状態や、生活の疲れ、心配事など複雑な事が絡み合い、バランスが崩れているかもしれない。
非科学的だと見放した代替医療を、無根拠で効果がないと打ち捨てて良いものだろうか?
今回、大久保さんはホメオパシーを取り上げ、現代医療とは違う視点に着目する事で何か言えないかを提示されています。
展示では、33種類のホメオパシーを小瓶で用意し、気になる効能を見つけて頂けたら、その数粒を取り出してアクアリウムに入れてもらうインスタレーション。
現代医療が汲み取れなかった声のようなものに耳を傾けています。


■福島陽子

フランス パリから参加された福島さんは、普段インスタレーションや立体、ミニマムな物を手掛ける事が多い中、初めて布に色鉛筆で描いた大型作品の「Cosmic Egg」を展示。
この作品はコロナ前と、コロナ渦を通じて制作されたもので、顔の部分は福島さんのお子様の写真を見ながら花に包まれている絵を描きたかった気持ちからスタートしています。
その後、日常生活で経験している事がだんだんと暗い方向に進んでいく状況になり、顔の部分が“天国” 下が“地獄” 中心が“煉獄(現世。どちらでもない世界)“となっています。

今、世界中が向き合っている困難から、未開拓の新しい道を見つけていくには想像が必要だと福島さんは仰います。
困難を感じた時に、あ!というひらめきは日常生活の遊び心から見つかる事があるので、手に持つ道具は全て子供のおもちゃが描かれています。
大人の固まった思考ではなく、子供の無邪気な好奇心から想像と新しいものが生まれていく。
「作品が出来た瞬間も嬉しいけど、そういった色んな思考やビジョンが降ってきて、それを自分の中で考えたり繋げたりする事が楽しい。作品から学ぶ事もある」と。

日常の経験と実感、想像、物理的な世界観が混ざり合ったものを形にしている福島さんは、制作するのが追い付かないほど、頭の中ではアイデアが溜まっているそうですよ。


■ジェレミー・セガール

伝染病やアレルギー治療など先端医療における、身体に起こりうる副作用などの研究や、エコロジーの考え方について芸術的アプローチを介して発表されています。
縁側 床に置かれた作品は、パンドラの箱を開けてしまったというもの。
箱から出ているのはビデオテープです。
ジュレミーさんの生活環境には、カササギという鳥が身近に存在しています。
人間社会ではテクノロジーが発達し、カササギ(自然動物)とは全然違う環境作りへ発展していきました。
ビデオテープは人間のテクノロジーのシンボル(文明の象徴)として表現しています。
違う生き物の住処としてバラの枝で編んだ鳥の巣を一緒に展示し、問題定義をされています。


■堀園実

防空壕の展示場所から受けたインスピレーション。
堀さんがご家族から聞いた戦争の話を詩に書き下ろし、静かに流れる波の音と、彫刻作品で砂浜を表しています。
沢山の彫刻は、海辺から流木や石、ペットボトルのゴミなど漂着物を無造作に拾い集め、一つ一つを粘土でかたどったもの。
詩を書いた紙には線香の香りを染み込ませ、耳と匂い。物を見るというよりは、この空間を体感してもらいたいと仰っておられました。
この空間に入った事で、その方が経験した何かしらの想いがはせていく様に。

拾ってきた素材を全て一つ一つ石膏で型どった後、その中に粘土を入れ、更に中抜きをされてるので石ころなんかは、とても軽いです。
粘土なので水に漬けておけば溶けて再利用が出来る訳ですが、「海の波打ち際において溶けて無くなるのを一度はやってみたいけど、環境的にどうなのかな~?」と、展示とは違う余談です。


■西脇直殻

入口には初公開の全長440cmの作品が天井を飾ります。
近くで見て頂いた時、ハッとされたのではないでしょうか。よく見ると猫の集合体です。
一つの作品を書き終えるのに何本もボールペンを使いきるそうです。
グラデーションに見えるのはインクが無くなりかけた薄い時と、新しいボールペンに持ち替えた時の差で生まれたものです。
猫は西脇さんにとって一番身近にいる存在だそうです。
一つ描いた猫の表情を見て、隣に描く猫の表情がきまる。だから隣同士がコミュニケーションをしている表情に見えるのかもしれませんね。

キュレーターの大久保さんは、堀さんのわざわざ一つ一つを石膏で型どり、作品を作る行為。
西脇さんが描く時間は楽しい訳でもなく、嫌な時間でもなく、ただ行為として何時間も描き、自分の枠を超えていくような制作活動。
そういった無限に時間がかかる事を成し遂げる行為は、時間の無駄という概念ではなく、何かに捧げている行為に近いと感じていると仰っていました。


■梶村昌世

 

ドイツ ベルリンからご参加された梶村さんは映像、ダンス、パフォーマンスの発表の他、光と影に着目して紙を素材とする作品も多数制作。
240cmにもおよぶ切り絵の展示作品では、お越し頂いた方にライトを持って頂き、影絵を楽しんで頂きます。
壁に映し出された影絵は、コロンビアの先住民が住む川に関する物語になっています。
川の源流から海の河口まで、物語りは一連になっており、先住民が経験した資源搾取と植民地化の過去、そしてダム工事による現在から未来に託す夢。川の声を伝承する模様をご覧頂けます。

廊下に吊り下げられた仮面は、実際に来て頂いた方に顔を当ててもらい、ポラロイドで撮って頂く事が出来ました。
ライトを持って影絵を見る。仮面と一緒に写真に残すといった体験型の展示を繰り広げて下さいました。


最後にキュレーターの大久保さんは、
「捧げものというのは芸術表現、作品を作る行為、作った作品が何かに捧げられている。という事が各作家にあると思います。
私は西脇さんや堀さんの様な作品好きなんです。
生きずらくても生きる事は止められなく、生きる事を作る行為に置き換えてみたりして、そういった所から電波や追体験で人に届き、感覚的な切り口のコミュニケーションみたいなものが生まれるのが芸術のいい所だと思うし、芸術にしかできない事だと感じています。
それはあっても、無くてもいいものなのかと聞かれると、ないとダメだと私は思っています」

昨年のファルマコンはコロナの影響もあり、やりたい規模・内容で出来ず、急いでやった展示だったそうで、今回は海外からも2名を誘い、温めてきた内容を展示して下さいました。
展示期間中は毎週、出展作家と一緒にレクチャーを開催してアーカイブに残し、多くの人に届けられる様にと実践されていました。
今回で終わりではなく、また来年には別の切り口でファルマコンの展示を皆さまにお届けされると思います。